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2007年08月20日

音楽のような本をつくりたい――ご挨拶にかえて

みなさん、はじめまして。アルテスの木村元です。ウェブサイトのオープンにあたり、ご挨拶させていただきます。

大学を卒業してすぐに出版社に入社し、以来丸19年、ひたすら書籍を作りつづけてきました。書籍といっても、勤務していたのが音楽之友社という専門出版社でしたから、「音楽の専門書籍」ばかりを、数にして200点以上せっせとつくってきた、ということになります。

このたび、同じく音楽之友社出身の鈴木とアルテスパブリッシングを立ちあげるにあたって、「〈音楽〉ということばは社名に入れないようにしよう」と確認しあい、「技芸・学芸一般」を意味するラテン語「artes」を名前に冠したわけですが(「会社案内」もご参照ください)、でも専門出版社で育った人間がいきなり専門でないことを始めるわけにもいきません。やはりこれからも「音楽の専門書籍」を中心に、それ以外のことにも少しずつチャレンジしながら、出版活動をしていきたいと考えています。

でも、せっかく新しく会社をはじめたのですから、胸に秘めたるささやかな野望というのも、ないではありません。ぼくたちはこれまで「音楽についての本」をつくってきましたが、これからは「音楽のような本」をつくってみたい――というのがぼくの夢です。

考えてみれば、「音楽書籍」ということばは、それじたいのなかに矛盾というか背理を含んだことばです。「音楽について書かれた本」を読んでも、かんじんの音楽は聞こえてこないし、音楽を聴いたときの感動を味わうことができるわけでもない。「本をいくら読んだって、音楽がわかったことにはならない」といわれることもよくあります。そのとおりでしょう。

ただ、そもそも本というものは、そのなかに書かれている知識・情報の容れ物というだけではないのではないでしょうか。その重みをたなごころに感じ、カヴァーや本文用紙の質感を指に感ずること、からだ全体に知がしみこんでいくのと同じスピードでページを1枚1枚めくること、読み了えた本をそっと書棚に戻すときの充実した気持ち――それらすべての総体をぼくたちは「本」という名前でよんでいるのかもしれません。

アルテスがこれからつくる本の多くは「音楽についての本」になるはずです。でも、ただたんに「音楽についての知識・情報をパッキングした容れ物」をつくるのではなく、むしろ、かりに音楽についてひとことも書かれていなかったとしても、その本を読むことじたいが、なにかよい音楽を聴いたときと同じような体験をあたえてくれる――そんな本をつくれたら、と心から願っています。

最後になりましたが、今日にいたるまで応援・協力をいただいたすべての方々に、心から感謝いたします。これからもアルテスパブリッシングを末永く見守り、ご指導くださいますよう、この場を借りてお願い申し上げます。[木村]

2007年08月23日

インディーズ・レーベルのように

相棒の木村にすっかり出遅れてしまいましたが、日本で2番目に小さい出版社(^^)、アルテスパブリッシングの鈴木茂です。参考書を買ってきて株式会社の作り方を勉強するところから始めて、自力で登記にこぎ着けたのが4月5日。それからさらに4ヶ月以上かけてウェブサイトをオープンできました。ようやく世の中に存在している実感が湧いているところです。

「自分で出版社をやってみたい」という思いが自分のなかでくっきりと形になっていくにあたっては、たったひとりでCDレーベルを運営している友人たちの影響が大きかった。制作からプロモーション、販売までフル回転しているdoubtmusicの沼田さんやThe Music Plantの野崎さんを見ていて、出版もあんなふうにやれたらいいんじゃないか? と思うようになったのだ。それに中川敬、山口洋、大熊ワタル、ムーンライダーズといった敬愛するミュージシャンたちの真にインディペンデントな活動にも大いに刺激された(同じ再販商品とはいっても、CDと書籍では業界事情もちがうし、出版業界の新規参入障壁の高さも実感しているけど、その話はまた別の機会に)。

もうひとつ、3年ほど前に著作権法改正反対運動に参加したときに切実に感じたのが、自分で責任がとれる自前のメディアが欲しい、ということ。だれかに迷惑をかけるんじゃないか、なんて気にしなければいいのかもしれないけど、ついつい余計な気を回してし、不自由を感じてしまったのだった。

そんなわけで、インターネット・ラジオのカフェ・フィガロでも喋ったように、創業の思いみたいなことをあえて言葉にすれば、目新しさはないけど、「出版のインディーズ・レーベルをやりたい」というのがいちばんしっくり来るとおもう。

音楽と出版のなかのごく限られた世界で生きてきただけで、これといって高邁な理想があるわけじゃないし、編集者として特別な才があるわけでもない。もちろん豊富な資金とも縁がない。それでも、書きたいことを持っている人、それを本というかたちにして世に出したいと望んでいる人が、その思いを実現していくお手伝いぐらいはできるんじゃないか。や、もっと正直に言えば、自分が読みたい本、世に存在させたいと思える本を作って売って、食べていけたら…。「本は、ニーズがないのに作られる珍しい商品だ」とも言われるけど、逆に言えば出版はこんな素朴な夢が通じる(かもしれない)世界なのだ(音楽も)。

同じ思いを抱いている編集者は無数にいると思う。どこの会社で仕事をしていても、多くの編集者はみな同じ愚痴をこぼし、同じ怒りを抱え、同じ夢と迷いを抱きながら、仕事をしているんだと思う。

そんななかでずいぶん時間はかかったけど(四捨五入したらもう50だ!)とにもかくにも版元としてスタートを切ることができた僕らは幸せ者だ。多くの友人・知人、仕事仲間、そして出版界の先輩たちから、親身な励ましの言葉と現実的で有益なアドバイスをいただいた。編集者二人で始めたこの先行きのしれない零細出版社に大事な原稿を預けてくださった著者と翻訳者のみなさんにも、どんなに感謝してもしきれない。質の高い本を作って、会社をきちんと成り立たせて、ご恩返しをしたいと思う。[鈴木]

2007年08月24日

8/22|指揮者はガテン系がいい

2010年のショパン・イヤーに向けて、小坂裕子さんにお知恵を拝借。方向性の違った面白いアイディアをいくつもいただいた。「専門家の話を聞く」ということは、編集者にとってとっても楽しく、ありがたく、そしてたぶんもっとも重要な仕事なのだ、と再認識。

高田馬場で昼食を兼ねて作戦会議。考えるべきことが多すぎて、隊長とふたりで途方にくれる。でも、会議の前に買った本についてだべってたりして、なんかこう、まったりしてしまうのであった。うちら、いつもそうです(苦笑)。

吉祥寺でデザイナーの久保和正さんと、リュック・フェラーリの映画を2本。1960年代のセシル・テイラーとオリヴィエ・メシアンのリハーサルを収めた貴重な映像。セシル・テイラーの矛盾にみちた語りと、エネルギッシュな演奏。首尾一貫しないことを首尾一貫しておこなうことのすごさ。かたや、テイラーが「音楽の行為を分割する」ものとして否定した「楽譜」を終始手にしながら、音響の建築現場を冷徹なまなざしで監督するひと――メシアン。

去年観たフェラーリの『ヴァレーズ礼賛』ではブルーノ・マデルナ、このメシアンではセルジュ・ボドが、「解釈をする人」ではなく、楽譜に書かれてあることをきちんと演奏する「ガテン系」職人指揮者として登場。フランスの現代音楽の指揮者って、こういうひとが多いんだろうか。[木村]

2007年08月28日

8/23|ピアノが鳴ってしまう

銀行や市役所をまわってから(わたくし、総務担当なもんで^^)、梅丘の橋本金夢さんの仕事場へ。ややこしい歴史地図の依頼。細かいこといわずに「まかせとけ」ってスタンスがほんと気持ちいい。

巣鴨のピティナで福田専務理事と事務局の實方さんと、これから始まるウェブ連載について打ち合わせ。ピティナのウェブサイトを「ヴァーチャル学会」というイメージで展開したい、という福田さんの構想に深く賛同。これからは学問の時代です。

バビューンと新宿へ。片山杜秀さんと冬に出す新刊の打ち合わせ。9月に出る右翼の本がようやく校了になったそうで、充実のご様子。先週、自宅書庫が蔵書の重量で「全壊」したとのこと。笑っちゃいけないけど涙が出るほどおかしい。

夜は原宿で大井浩明さんのリサイタル。川島素晴さんの「eX.(エクスドット)」シリーズの一環で、ひさびさのオール現代音楽もの。この人の音色がとにかく好き。理屈抜きで気持ちいい。ピアノを鳴らそうというのではなく、ピアノがみずから欲して鳴ってしまう、そんなイメージ。これは大井さんがブログなんかで書いている「脱力」ということの要諦だろうし、なにより、「現代音楽は美しいか」という永遠のテーマにひとつの解を与えるものだと思う。だって、美しいんだもん。[木村]

2009年01月06日

謹賀新年!

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、NHK教育テレビでも放映された毎年恒例の「ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート」はごらんになりましたか? 11月に刊行した『バレンボイム音楽論』の著者、ダニエル・バレンボイムが初登場ということで、2009年のアルテスは元旦から大盛り上がり。どんなに軽い曲でも剛球勝負、マエストロの真骨頂といったウィンナ・ワルツを堪能しました。

おりしも年末からイスラエル軍がガザ地区を空爆(その後、地上軍が侵攻)とのニュースが流れ、中東問題に積極的に関与してきたマエストロの発言が注目されましたが、毎年おきまりの《美しき青きドナウ》のイントロを中断しての挨拶のなかで、「中東に人間の正義がもたらされんことを」と簡潔にふれただけでした。ただ、そのひとことにこめられた万感の思いを感じとったであろう聴衆からは、敬意に満ちた拍手が送られ、行動する音楽家バレンボイムの信念が、その音楽をつうじて確実に浸透していることを感じさせました。

現実のリアリティを前に、ともすれば色褪せてしまいそうな「音楽の力」というものを、いまいちど実感することができたような気がしています。

[木村]

2009年02月28日

国立劇場公演ガイドにエッセイを書きました

独立行政法人日本芸術文化振興会が毎月発行している『日本芸術文化振興会ニュース』3月号に、エッセイを書かせていただきました。国立劇場の公演ガイド、といったほうがわかりやすいでしょうか。私が書いたのは「1000字エッセイ」というコーナー。「本は手で読む」と題して、本というものについて、いつも自分なりに考えていることをつづってみました。

先日は舞楽《青海波》のフル・ヴァージョンの復活上演(120年ぶりとか)を観に、国立劇場に行きましたが、お客さんの熱気にびっくり。あらためて雅楽や邦楽の人気を実感しました。3月の歌舞伎(魚屋宗五郎)も楽しみです。

[木村]

2010年01月01日

新年のご挨拶

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